うさぎさんが高齢化してきたり、
病気やケガにかかってしまった場合、
うさぎさんには介護は必要になります。
介護が必要だとわかったとき、
「わたしにできるのだろうか?」
と、とても不安になると思います。
もしも、あなたとあなたのうさぎさんにそういう時がきた時のために、
うさぎさんの介護経験者であるラビラビママさんにお話をお聞きしました。
人ごとではないうさぎさんの介護についてのお話。
貴重なお話ですのでぜひ読んでいただき、
いざというときのために、心をどっしりと構えたいですね。
現在はぎん兵ちゃん・チェスくんと一緒に暮らすラビラビママさんです。
よろしくお願いいたします。
先代うさぎのサスケ(平成22年3月29日没 享年10歳8ヶ月)は、
10歳を過ぎた頃から頻繁に鬱滞と下痢を繰り返し、
病院(当時の田舎にはうさぎを専門に診てくれる病院なんてありませんでした)へ行って注射をしても、
お薬をいただいても、改善が見られず、食べたり食べなかったり…
最後の方はコロコロした便が殆ど出なくなり、緑色の水のような便をしておりました。
また足腰が弱ってトイレに上がれなくなっており、
若い頃からずっと部屋の中で放し飼いにしていたので、
急にケージに閉じ込めるわけにもいかず、
床に敷き物を敷いて敷き物の上で用をたしていました。
介護が必要になった理由は、
病気というより加齢によるところが大きいと思いますが、今となってはわかりません。
21.12.15
この頃は、一日中ここに座っていました。
まだ、床にマットを敷いていなかったと記憶しています。
私はその頃、外資系金融機関で契約社員としてクラークの仕事をしていました。
家から職場まで徒歩5分で行ける物件に引っ越して、
お昼休みには毎日帰宅してサスケの様子を見守っていました。
排泄物で汚れて内腿が尿やけし、皮膚が炎症を起こしだしてからは、
私がお風呂に入れて綺麗にし、ドライヤーで乾かしていました。
サスケはお風呂が好きで、私の手のひらに身体を預けて
下半身をぷかぷかしながら湯船の中で気持ち良さそうに目を閉じてリラックスしていました。
私は毎晩、サスケと一緒に就寝していました。
間も無くリーマンショックで、私は職を失いました。
24時間、サスケと一緒にいられるようになりました。
今思えば、それはアンラッキーに見せかけたラッキーな出来事だったように思います。
元気だった頃は、遊んで欲しいけど抱っこは嫌…な子でした。
でも、介護が必要になってからは、ソファーに横たわる私の胸の上に乗って
ナデナデされながらおとなしく眠っていました。
私はそうするのが夢でしたが、夢が叶った時には
もう、その幸せは長くは続かないだろうと悟っていました。
22.1.29
床暖房の上にマットを敷いて、トイレはそこで…
2017年1月、うさぎ好きのための陶磁器を扱うWeb Shop『ラビラビ商事』を立ち上げた時から、
この『うさぎ様用食器』を世に出すことを夢見て、試行錯誤を繰り返してきました。
ラビラビ商事さんオリジナル「うさぎ様用食器」
うさぎさんは病気や高齢になると、給水器からお水を飲むことが困難になる子も少なくない為、
若いうちからお皿等でお水を飲む練習をする事の必要性を、
うさぎさんに詳しいある獣医さん(うさ飼いさんやブリーダーさんの間では有名な獣医師)が
ブログに書いておられるのを拝見し、それに適した器を私が作れないかな、と…。
サスケも、最期の数ヶ月はほぼ寝たきりで、
給水器からお水を飲むことはもう出来なくなっていました。
22.2.12
座椅子にブランケットを敷いて、身体を横たえる(もたれると安定する?)
当時、介護状態になったうさぎさんに適した器なんて無かったので、
人間用のやや深さのあるお皿にお水を入れて代用しましたが、
やはり最初から上手にお皿からお水が飲めるはずもなく、
誤嚥でむせたり、胸の辺りがお水でビショビショになったりしました。
お皿も人間用の軽いお皿ですので、
鼻先で動かされたり、ひっくり返されたりして、すぐにお水はこぼれてしまうのです。
仕方なくワンちゃん用の重たい食器を購入しましたが、
ネザーのサスケには大きすぎて、私にとっても扱いづらいものでした。
(うさぎさんの介護経験者の方々のお話によると、水深が深いと溺れてしまうそうです)
そんな経験から、誰も作らないなら、私が作ればいいじゃない! と思い立ったわけです。
オーダーメイドで、うさぎさんの個性(小柄なうさぎさん、要介護のうさぎさん、斜頸のうさぎさん等)に合わせた、
大きさ・形の食器で、快適にお水を飲んだり、ペレットやおやつを食べてもらえたら…という夢を想い描きつつ、今日に至ります。
まずは、犬猫ちゃん用の食器だと大きすぎる、
小柄なうさぎさん向けに、オーソドックスな器を制作しました。
名付けて『うさぎ様用食器』(®商標登録出願中)
うさぎさんが鼻先で押しても、踏んづけてもひっくり返らない形と、適度な重さがあり、
とにかく安全な材質で、半永久的に使える器を目指しました。
ラビラビ商事で制作している器は、土も釉薬も天然の材料を使用しており、
近年よく見かける陶磁器用絵の具(着色粉末や顔料等が含まれています)等は使用しておりません。
芸術性の高い絵皿やオブジェとは違い、ラビラビ商事の器は日常使いの食器です。
絵の具を使えば、華やかで繊細な絵や文字も表現出来るのですが、
人間もうさぎさんも口に入れる物を入れる食器なので、
そういう類のものを使用することに抵抗があり、天然の材料のみを使用しています。
磁器やメラミン、プラスチック等に絵や文字をプリントした器は、
使用しているうちにだんだんプリントが剥がれ落ちて、絵や文字が消えてきますが、
陶磁器の絵付けは釉薬のコーティングにより保護されている為、消える事はありません。
陶器に描いた愛兎ちゃんのお名前は、永遠に消えることはないのです。
サスケを介護した経験から申し上げますと、
ほぼ寝たきりの高齢うさぎさんが、固定された給水器の所まで移動して、
自分の身体を支えながらお水を飲むことは、ほぼ不可能です。
22.3.10
床暖房の上にバスタオルを敷いて座っている…亡くなる19日前
高齢うさぎさんのみならず、若いうさぎさんでも、これまで給水器でしかお水を飲んだことが無いうさぎさんが、
病気や骨折等の理由で給水器が使えなくなり、
いきなりお皿からお水を上手に飲むことも、難しいと思います。
ですから、どうか万が一に備えて、
うさぎさんがお皿でお水を飲めるように日頃から練習させてあげてください。
夏の暑い時期は特に、熱中症対策にもなります。
(愛兎たちをリビングで自由にさせている我が家では、
飼い主の留守中にもしもの事があった場合に備えて、サブ的にケージ内に給水器を取り付けて併用します)
とりあえず、深さと口径と重量が適していれば、
お皿でお水を飲む練習は、百円均一で購入したお皿でも出来ると思います。
私自身、これまでの人生で、うさぎさんからいただいたものは計り知れません。
これからの人生は自分にできる方法で、細やかでもご恩返しをしていきたいと考えています。
うさぎさんの為…というより、私自身の為なのだと思います。
22.3.11
ソファーに横たわる私の胸の上でうたた寝するサスケ。この時、何故だかわからないけど、不思議と訳もなく涙が溢れて止まらなかったのを覚えています
よく、うさぎは懐かない…暴れて嫌がるから抱っこが出来ない…
そんな意見を耳にします。
でもそれは、うさぎさんが3歳になる頃まで
我慢出来なかった人の意見だと私は思うのです。
個体差は多少あるかもしれませんが、
経験上うさぎさんは3歳を過ぎる頃から人間の言葉をよく理解し、
意思の疎通がはかれるようになるからです。
サスケが抱っこを嫌がらなくなり、
私の身体のどこかに自分の身体の一部をくっつけて寛ぐようになり、
最終的には私のお腹や胸の上でうたた寝するようになった頃、
私はうさぎさんの時間の流れがいかに早いかを意識し始めました。
イタズラ三昧で言う事を聞かない子うさぎ時代も含めて、
宝物の様な時間を一緒に過ごさせてもらってきたのだと痛感しました。
うさぎさんは体調の悪さや体力の衰えを、
なるべく悟られないように日々を生きている為、
10歳を過ぎたうさぎさんは、急に…本当に突然、老いを感じさせる時がやって来ます。
実際、サスケは10歳を過ぎても白内障も出ず、
毛艶も綺麗なうさぎさんでした。
子うさぎの時に一度だけ病院のお世話になって以降は、
ずっと元気な健康優良児でした。
しかし、一度老いが忍び寄ってくるのを目の当たりにすると、
そこからの変化は怖ろしいスピードで進んでいきます。
そうなったら、飼い主は看取りの覚悟が必要になってきます。
失業して家にいた私は、
運良くサスケの最期の時を自分の腕の中で迎えさせてあげる事が出来ました。
彼は私の腕の中で、最後に一声「キーッ」と鳴いて旅立ちました。
私はこの叫びを、辛いよ〜!でも、さようなら…でもなく、
ありがとう!の叫びだと信じることにしました。
この最期の時を看取れたか、そうでなかったかが、
後々飼い主さんの心に大きな影響を及ぼすことになります。
だからこそ、日頃から精一杯の愛情を注いであげてほしいのです。
亡くなってから、ああすればよかった…こうしてあげられていたら…
というような後悔の気持ちは、なるべく残さないで済むように、
一緒に居られる時間の貴重さを常に心に留めて接してあげてほしいです。
最期の時を迎えたら、ごめんね…ではなく、ありがとう…と感謝の気持ちで送ってあげられるように。
そして、お別れをした後は、涙した最期の時を思い出して悲しむのではなく、
楽しかった思い出を振り返ることが、その子への供養になると思うのです。
22.3.25
これが残っている最後の写真…亡くなる4日前
余談ですが、サスケが亡くなった平成22年3月29日は、
数ヶ月間失業していた私に正社員の仕事が決まり、新しい職場に出社する3日前でした。
サスケは私の事が心配で、私の生活基盤が整うまで、
必死で頑張って私の側で支えてくれていたのだと思います。
サスケが亡くなって葬儀を済ませて間もなく、
友人の一人が私に封筒を渡してくれました。
中には数十万円の現金と、ロトシックスの当選券が入っていました。
当選券の数字を見たら、「220329」サスケの亡くなった日付になっていました。
友人は、私からサスケが亡くなった事を聞き、
不思議と虫の知らせの様なものを感じ、
何となく宝くじ売り場でロトシックスを購入したのだそうです。
その当選金を私に、「サス君から」と言って渡してくれました。
人生で一番辛かった時も、ずっと一緒…最後の最後まで、私を支え続けてくれた相棒サスケ。
葬儀代まで私に負担をかけないように気を遣ってくれたのかな…
なんて思いました…考え過ぎだと笑われちゃうかな(笑)
ちなみに、ロトシックスを購入してくれた友人は、
現在、私の夫となって、二羽の愛兎と共に私を支えてくれています。
うさぎさんが長生きできるようになってきたからこそ、
避けては通れないうさぎさんの介護について、
ラビラビママさんの経験談を紹介しました。
最後にお話いただいた、
最期の時を看取れたか、そうでなかったかというお話は、
どのうさ飼いさんにとっても心に響くお話だったかと思います。
おうちのうさぎさんとの時間を1分でも大切にして、
ひとつでも多く、楽しかった思い出を作っていきたいですね。
保護うさぎさん達の為に活動されている団体様宛に、
ウェブショップやイベントの売上の一部を寄付させていただいているのですが、
今月から『うさぎ様用食器』をご購入頂いた分のみ、
購入者様の愛兎ちゃんのお名前で支援物資をお送りすることにしました。
寄付は誰にも知られずに出来ますが、
支援物資を送ると支援団体のブログで紹介(実名は出ません)されるので、
器の購入者様が、ご自分の愛兎ちゃんのお名前で支援物資が送られている事を知ってもらえます。
それをきっかけに、保護うさぎさん達の為に活動しておられる方々の存在を知っていただければ…
今後の支援活動に興味を持っていただくきっかけになれば…と考えています。
まだまだ何もかも始まったばかりのラビラビ商事ですが、
次のイベント(1月21日大阪『私のうさぎ展』)も、
うさぎ様用食器を一人でも多くの人に知っていただけるよう、頑張って参ります!
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